【この物語のあらすじ】

 

 

 

 

世界のなかで日々起こり終わっていくもろもろの煩悶の種はすべて、自分がその主人公である芝居のなかの出来事にすぎないとしか感じられなかった、長引きすぎた子ども時代の終わりに、頭のなかで考えつけることなどははるかにしのぐものごとが世界には充ち充ちているはずだ、という予感の正しさを証しだてるために、手あたりしだいにまわりのひとびとをつかまえては、どれもみなあまりにも代えのきかないものでありすぎるだけにますます誰が話しても似たり寄ったりにしかならない、そんなたぐいの話ばかりを、あらゆる特性を排した、それでいてどこにも超えでていかない親しみをこめて聞きだした。

誰もが聞くことに焦がれていながらも、話すことを聞かれることで間にあわせようとするように、怖いほど悪意に欠けた顔つきで語りはじめた。

 

ひとびとはまるで鏡に向かって身繕いをするように、没入しきっていつつもなかば放心してもいる物腰で、じつにさまざまな話を語り、やがて満足して帰っていった。ある者はすでに胸の内で飽きるほど繰り返したらしい話を滔々と述べたて、震える声でたどたどしく押しだしたことばをもてあましてばかりいる者もいれば、まるで他人事のようにそつなくまとめる者や、話したことでより散らかった頭を抱えこみながら帰っていく者もいた。どの話も、かつてどこの国のことばでも語られたことがなかったようなものめずらしさを備えていたが、彼の耳には、奇妙に印象の似通った、長大な叙事詩の無限のバリエーションのひとつにしか聞こえなかった。誰もが自分のことをしゃべりたがっていながらも、伝えるためではないことはたしからしかった。入念に選んだことのわかる伝わりにくいいいまわしで、伝えようのない、というよりも伝えるまでもないことを競って彼の記憶に刻みつけようとしていた。そうしたひとびとは彼に、群れからはぐれた手負いの猿の群れを思わせた。辛抱強く一頭一頭につきあい、その傷跡に注意をうながし、だが手当てにはけっしてとりかからず、傷のありかを忘れさせることに努めた。彼のもとを離れると、猿たちはたちまちまた群れに戻り、互いに噛みあい引っ掻きあい、ただ派手な跡が残るばかりの、痛みをともなわない傷をつける営みに没入するのだった。それはじっさい、食事を終えるとすぐに皿を洗って戸棚にしまわずにはいられないひとの癖のように、実践的な切実さを欠いているだけにどこまでも真剣になされた。ことばの重みの不均衡が、彼につきまとってやまなかった。たとえば「机」ということばを口にした誰かは、部屋にある座り机の手触りや膝の置きどころを思いだしはじめる彼の前で、鬱蒼とした森や、恒星間無人探査機に乗せられたビーグル犬のことを考えているかもしれない。

ただひとつはっきりしていることは、ことばほど悲劇からかけ離れたものはないということだった。

 

 

 

 

 

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■待ち合わせ

■黒い海

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■エロジジイ

■こんにちは

 

 

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