【黒い海】
「敬語で?」
「ええ。ボクシングやってるんですってそいつら。で腹筋を鍛えたいから腹の上に乗ってくれっていいだすんす。仰向けに寝そべった奴の腹に、もうひとりの奴が高い位置からバスケットボールかなんかを力いっぱい叩きつけるって練習はテレビで見たことがあったからぴんときましてね。裸足じゃあ刺激が弱いからって勧められるままパンプスで乗りまして」
「ちょっと待って。おまえ納得するのうまいな。才能あるよ。話についていけないんだけど。ええと。物騒な奴らに誘拐されたうえに身ぐるみ剥がれて、しかもパンプスで腹を踏んでくれって頼まれた。で、踏んだの」
「はあ。踏みました。蓮根の腹の上にまず片足を乗っけてみたら、腹筋で押しあげられて、パンプスなんて履き慣れてないもんだから転倒しかけたんすよ。そしたら蓮根の奴が鼻から息を抜きながら兄ちゃん遠慮すんなよ、なんて笑うもんだから、楽しくなってきて、すごいっすね、なんてって両足で踏んでみたんだけど、蓮根びくともしないであくびしてやがるんす。たぶん睡眠時間まで削って努力してんのに、おれみたいな通りすがりの奴しか練習相手になってくれないんだって思ったら不憫になってきて、一刻も早くこいつの腹を鋼鉄みたいに鍛えてやりたくなってきて、思いきって飛び跳ねてみました。蓮根の奴やっと顔に脂汗を浮かべだして、どうですか、なんて卑屈な声で聞いてくるから、ひとの上にたつっていい気分ですねっておどけてみせました。そしたら、だろう、おれもいい気持ちだよって、すごい力で足を掴んできて、胸とか腰とか顔とか、腹以外の部位まで踏ませようとしてくるから、こっちも楽しくなってきてはしゃぎすぎたのか、まあ足場が不安定すぎたせいだと思うんですけど、滑り落ちちゃったんす。全裸で。女みたいな声あげて。打ちどころが悪かったのか、罅が入ったんじゃないかっていうぐらい腰が痺れてしばらく動けなかったんですけど、そのうち舌打ちの音が幾つも聞こえたと思ったら、屈強な三人にまわりを囲まれてたんです。もちろん全裸の」
「わからん。すべてが謎。なんでおまえが連れてかれたのかがわからんし、そこからどうやって逃げだしてきていまここにいるのかがもっとわからん」
つづく
http://www.kurisupi.com/rekishika/sendamanabu-minna.html
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