【きがえ】

 

 

ワタシをツナグたくさんの服

おぎゃーと産まれて

ベビー服を着て

そこからママに着せられたものもあるし

なんとなく当たり前で着たものもある

今は職場の制服を着ているけど

本当は【ママ】になりたい

電光石火で着替えていって

いつしか着ていた服も着られなくなるね

けれどシンの部分、裸の部分は

いつまでも同じで

服と一緒に皮膚も変わってきたけれど

ワタシの中に流れる水はいつも同じ

「私」は同じ

銀河の紙フブキよ

どんどん散れ

 

 

 

 

映見は都内で派遣のOLをしている。

29歳、昨年までは看護師だった。

 

「看護婦は一生の仕事よ。婦長になればお医者さんにだって強く言えるんだからね。」

 

という母親の強い勧めで、

彼女は高校卒業後、看護大学へと進学した。

 

しかし彼女に看護師の仕事は合わなかった。

 

女の職場特有のやりにくさや、死を真正面から捉えてしまう彼女自身の気質のせいで、彼女の精神は徐々に衰弱し、「私には向いていない」と職場を離れてしまった。

 

映見の母は彼女の“廃業”に際してひどく反対をした。

 

「辞めてどうするの?

あなたはキャリアウーマンとして一生働いていくの。

あなたに専業主婦は似合わない。

第一結婚だけの人生なんてつまらないわ。

どうして辞める必要があるの。

それでも辞めるっていうなら大学の学費は全額返しなさい!」

 

バスガイドの仕事から逃げ出したくて父と出会って早々に結婚した母に言われたくないと内心憤りながらも、

映見はいつものように黙って自分の貯金から学費を“返上”し、今後は派遣で事務をするつもりだと母に告げた。

 

「派遣ねぇ。派遣って使い捨てじゃない。

あっ、でも派遣なら大手の会社にも潜り込めるんでしょ。

あんたももう30だし、エリートの旦那さんを捕まえてきなさいよ。

仕事より結婚でしょう?

女ってのはねぇ、男で一生が決まるんだから!

あんたも若くないんだから顔がどうとか選り好みできる立場じゃないんだからね、分かった?!」

 

以前看護師をしていた頃、母の友人が冗談で「映見ちゃんもお医者さんと結婚するかもね。」なんて話したことがあった。

 

その時母は

「そんなぁ、あの子程度の器量じゃ無理よ。気も利かないし暗いし。大体職場で男漁りなんてみっともないわ。」

と笑った。

 

いつものことだったが、映見は母のその時々で変わる発言と、根拠も遠慮もない言い回しを腹の底で憎く思った。

 

結局、事務未経験の映見が大手企業のオフィスに派遣されることはなく、某携帯キャリアのバックヤードで販促品のデータ管理をすることになった。

 

「ねぇ、あなた、結婚はどうするつもりなの。

身の程も弁えないで高望みばかりしてるからお嫁にも行けないんじゃないの。

派遣なんていつまでもできる仕事じゃないんでしょう?

本当しっかり考えてよ。お母さんもご近所の手前、恥ずかしいんだからね。」

 

映見自身結婚はしたかった。

映見は意を決して婚活パーティーへ足を向けてみた。

 

運が良かったのか何なのか、すぐに映見は40歳の大手機械メーカーに勤める男性と「カップル」となり、週末ごとにデートを重ねるようになった。

 

男性は結婚に前向きで、また勤務先等にも偽りはなく、人柄も悪くないようだった。

3回目のデートからは、映見に対してストレートな愛情表現の言葉も出すようになっていた。

 

「僕は映見ちゃんを好きだなって思ってるよ。

映見ちゃんは僕のこと好き?」

 

映見は何と言えばいいか分からなかったが、肯定の言葉以外を口に出すのは男性に悪いような気がして、「私も好き」と答えてみせた。

 

悪くない、悪くない。優しいし、収入も安定している。

年は離れているけれど、この人だったら私を年の離れた妻として大切にしてくれるのかもしれない。

 

出会って一か月ほどで二人は男女の関係となった。

けれど、手を繋ぐたび、キスをされるたび、体を重ねるたび、映見は違和感を自覚するようになった。

 

「大丈夫?」と意思を確認される機会ごとに映見は頷き微笑んで身を任せるのだが、どこか無理をしているような、空虚な自分がいるような気がしていた。

 

3回目ホテルに行った時、男性は口でするようにお願いしてきた。

いつものように頷き、映見は男性の言葉に従った。

 

―なんだか援交してるみたい―

 

そんな言葉がふいに映見の頭をよぎった。

男性のことは嫌いじゃない。ただ、やはり「普通」の恋愛ではなかったような気がした。

 

今更だ。当然だ。

しかし、そう思った。

別れたいんじゃなく、一から男性と向き合いたい気持ちになった。

 

これまで勝手に演技をして合わせてきた。好きになろう、好きになるんだと努めていた。

伝えたいと映見は思った。だが、いつものように表現することが出来ない。

気持ちを上手く伝える言葉が見当たらない。

相手を不当に傷つけず、逆上させず、尚且つ過不足なく気持ちを届ける適切な言い方、そう「適切」な。

映見はどう言っていいか分からなかった。

 

 

 

 

 

…… ヤン・デル(Yang Del)さんの語り  /// リンク↓/// ……

 

 

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